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聖帝(ひじりのみかど)

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板垣英憲さんの今日の無料ブログの山本太郎議員の炊き出しの話に続いて、有料ブログに仁徳天皇が「聖帝」と呼ばれる話が出ていましたので、他から物語をリンクします。
一部の人だけが豊かになるのではなくて本当にみんなが豊かになる時代になって欲しいです。

今年、その運命が決まると思います。

民のかまどにみる聖帝物語

仁徳天皇は難波高津宮から遠くをご覧になられて
「民のかまどより煙がたちのぼらないのは、貧しくて炊くものがないのではないか。都がこうだから、地方はなおひどいことであろう」
と仰せられ「向こう三年、税を免ず」と詔(みことのり)されました。
それからというものは、天皇は衣を新調されず、宮垣が崩れ、茅葦屋根が破れても修理も遊ばされず、星の光が破れた隙間から見えるという有様にも堪え忍び給いました。

六代大王・仁徳天皇が即位したのは仁徳天皇元年(313?)正月というが、実際は五世紀前半とみられている(「天皇家系図」参照)。
 宮殿は難波高津宮(なにわのたかつのみや。大阪市中央区)。
  屋根も葺(ふ)き直さず、色も塗らず、垂木や柱に飾り気のない質素な建築だったという。
  仁徳天皇はこう考えていた。
 「民は耕作や機織りで忙しい。民を余分な宮殿造りに徴集しなければ、自然に富裕するというものだ」

 ところが、三年たっても民は一向に富裕しなかった。
  飯時に高殿から都を眺めても、人家から飯を炊く煙が上がっていなかった。
 「これはどういうことだ?民は飯時に炊く米もないほど困窮しているというのか?都でさえこんな状態ということは、地方はもっとひどいであろう」
  平群氏の祖・近臣の平群木莵(へぐりのつく)が言った。
 「近年、日照りや水害が続き、穀物が実らないのです。それさえ収まれば富裕するかと」
 「そうとはいえ、民が苦しんでいるのを見て見ぬふりはできぬ。朝廷の食糧はどれほど蓄えがあるか?」
 「常時三年分は備えておりますが」
 「緊急時だ。それを使うしかあるまい」
 「施されるので?」
 「いや。それは朝廷で使い、民の負担を軽くする」
 「つまり、減税ということで?」
 「そうではない。これより三年間、すべての税を免除する。租税も労役も皆無だ」
 「皆無!それも三年間も……」
  木莵は驚いたが、反対はしなかった。
 「それでこそ聖帝というものでございましょう」

 こうして三年間、民のすべての税はタダになった。
  民は大喜びであった。
 「これから三年間は米を収めなくてもいいんだって!」
 「労役も何もかもしなくてもいいんだって!」
 「信じられねえ!今までこんな慈悲深い大王さまがいらっしゃったであろうか?」
 「まさに聖帝だ!」

 ところが、仁徳天皇には悪妻がいた。
  大后・葛城磐之媛(かずらき・かつらぎのいわのひめ)である。
 「あなた!税をタダにするなんて、いったい何を考えているのっ!」
 「民のことを考えている」
 「民のことより先に身内のことを考えなさいよ!三年間も税をタダにするって、私たちの生活はどーすんのよっ!?」
 「蓄えは十分にあるので死にはしない」
 「死にはしないって……。私は大后として、あなたは大王として身分相応の生活をしなきゃならないのよっ!国家の長として、民のあこがれの的として、それなりの贅沢(ぜいたく)もしなきゃ示しがつかないでしょっ!」
 「今はそういうことを言っている場合ではない。我々が贅沢をすれば、その分、飢え死にする民が出てくる」
 「キーッ!頑固者~!」
  磐之媛は父に頼んだ。
 「父上!大王に何とか言ってやってくださいな!」
  磐之媛の父とは、葛城氏の祖・葛城襲津彦(そつひこ)。
  が、彼は楽観的であった。
 「なーに、大王が三年もビンボーを我慢できるわけがない。そのうちに音を上げるだろう」

 ところが、仁徳天皇の我慢は三年間持ってしまった。
  しかも、三年の期限が過ぎても、仁徳天皇は民から税を取ろうとはしなかったのである。
  しびれを切らした磐之媛は仁徳天皇のもとに押しかけた。
 「三年たちましたけどっ!」
 「それがどーした」
  木莵も告げた。
 「いよいよ食糧も尽きますが」
 「そうか」
  仁徳天皇は飯時に高台に上ってみると、炊煙は盛んに立ち上っていた。
 「おお、民はみな富裕したか」
  仁徳天皇は喜び、こんな歌を詠んだ。

  高き屋に登りて見れば煙立つ民のかまどは賑ひにけり

「いい眺めだ。為政者としてこれほどうれしいことはない」
  磐之媛がせかした。
 「さあ!早く税の徴収を!これであなたも気が済んだでしょう。都にも地方にももう困っている人は一人もいません!宮殿も雨漏りだらけです!これらを民に全部直させましょう!」
 「まだ早い」
 「何が早いのよー!三年たったら税を課す約束でしょ!今の私たちはそこらの民より、ずっとずっとビンボーなのよっ!」
 「何を言う。民の富は朕(ちん)の富だ。民が富んでいるのに、朕が貧乏ということはありえない」
 「だって、実際そーでしょーが!私だって、着ているもんもこんなんなのよ!そこらの庶民だってこんなボロ衣、着てやしないわよっ!」
 「決めた!朕はもう三年、民に税を課さないことにした」
 「わからずやー!!」

 こうして引き続き三年間、完全無税状態が続くことになった。
  でも、衣と住はボロくても我慢できるが、食だけはなくてはどうしようもない。
  そのため仁徳天皇は、大王家のために雀部(さざきべ)を、磐之媛のために葛城部を、太子・去来穂別皇子(いざほわけのみこ。後の履中天皇)のために壬生部(みぶべ)を設けた。
  部とは貴人のための労働奉仕集団であり、皇族に隷属するものを特に名代・子代といった。つまり仁徳天皇は、民から税を取らないため、自給自足をすることにしたのである。

 これには三年ぶりに税を持参した諸国の国造は喜ばず、かえって納税を懇願した。
 「我々はすでに三年間は無税でした。国の民はみな豊かになり、道に落ちているものすら誰も拾わなくなりました。大王さまは聖帝です。このような偉大なる聖帝さまに対して税を差し上げなければ、我々は天罰を受けることになるでしょう。もう十分ですから、どうか税を納めさせてください」
  が、仁徳天皇は許可しなかった。

 こうして一年二年が過ぎると、諸国の民はだんだん怠け者になっていった。
 「アア、ダメだ。このごろオレ、すっかりグータラになってしまった」
 「やべえ!おなかの肉もプヨプヨ~」
 「うちだって毎日毎日家族そろってマグロ状態だぞ」
 「これも税を収めなくてもよくなったからだ」
  こうなってくると初めは喜んでいた諸国の民も、何とかしなければと思うようになり、イライラし始めた。
 「ああ、汗水たらして働きたい!」
 「今何がしたいって?何よりかによりゼーキン払いてえー!」
 「まるで飼い殺し~!」

 中には勝手に税を収めに来る者も現れた。
 「はい!税を収めにきました!」
 「ダメです!大王さまはお受け取りになりません。お引取りください」
 「コノヤロー!受け取れっていってんだよー!」

 自主納税に来る人々は日増しに増えていった。
  中には強硬手段に出る人もいた。
 「あ!何をしている?」
 「何もしてませんよっ」
 「ウソをつくな!この米俵の山は何だ?さてはおまえ、コッソリ税を納めに来やがったな!?」
 「ばれた~?」

 都では米押し付け事件が頻発し、郊外では米の不法投棄が社会問題になった。
  どうしても労役がしたくて、大工道具持参でやって来る者もいた。
 「ああ!おれの家よりボロい宮殿を毎日見ているとムカムカする!直させてくれよー!」
 「ダメです!民を働かせるなと大王さまはおっしゃいました」
 「おれはおれたちを裕福にしてくれた大王さまのために働きたいんだよー!このまま何もしないと、気分が悪くて仕方がないんだよー!」
 「帰りなさい!勝手なことをすると、逮捕しますよっ!」
 「いいことをしようとしているのに、なんで~?おかしいよー!」

 ついに民たちはデモを起こした。
  横断幕を掲げ、都大路を闊歩(かっぽ)したのである。
 「おれたちに税を払わせろー!」
 「労働条件を改悪せよー!」
 「無税反対!善政なんてクソ食らえー!」
 「聖帝は暴君になれー!」
 「強制労働、いらっしゃーい!」

仁徳天皇十年(322?)十月、ついに民の熱意に押された仁徳天皇は折れた。
 初めて民に課役したのである。
 民は感謝感激拍手喝采(かっさい)した。
「やったー!ついに税が納められるんだー!」
「うれしすぎる~。よし、ごまかしてたくさん払ってやれー!」
「労役もやるぞー!ずっと身体がなまってウズウズしてたんだー!」
「働いて働いて働きまくるぞー!灰になるまで労働してやらあー!」
 民は争って税を納め、進んで労役も行い、瞬く間に宮殿も新築してしまった。
 それでも民は欲求不満であった。
「まだまだ!」
「こんなんじゃ全然働き足りなーい!」
「もっともっとこき使ってくれー!大王さまのために、大きな仕事をさせてくれー!」
「そうだ!大王さまのためにお墓を造っちまおう!」
 民は力を合わせて墓を造った。
 それはとんでもなくでかい墓であった。
「朕はまだ生きているんだが……」
 仁徳天皇は苦笑いしたが、まんざらでもなかった。
 こうしてできたのが日本最大(面積では世界最大)の前方後円墳・百舌鳥耳原中陵(もずのみみはらのなかのみささぎ。伝仁徳天皇陵。大阪府堺市)だという。

 

★ 仁徳天皇聖帝伝説より

http://www.geocities.jp/rekishi_chips/keiki2.htm

免税から6年後にして、天皇ははじめて税・労役をお命じになり、宮殿を再築した。民は誰からも強制されることなく、老いも若きも協力し、材木や土籠を背負った。昼夜をいとわず競って働き、程なくして宮殿は落成した。このゆえに、仁徳天皇は現在まで「聖帝」(ひじりのみかど)と呼ばれ、讃えられている。

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